
セルティックス永遠の34番、ポール・ピアースがボストンの地を去るときが来てしまった。コービーやダンカンに並ぶ数少ないフランチャイズプレーヤーがまた1人いなくなる。年齢や役割を考慮することはチームを作る上で当然のことだが、1998年から14年間着続けた深緑色のユニフォームを脱ぐピアースの心境はどんなものなのだろうか。
カンザス大学のスターだったピアースが全体10位で指名されたのはボストン・セルティックスだった。カリフォルニア州で育ったピアースは幼い頃からレイカーズファンであり、当然ながらセルティックスは彼が最も好ましく思わないチームである。しかし、彼はこの名門チームでフランチャイズプレーヤーとしてNBAの歴史に名を残す。
「THE TRUTH」の愛称を持つピアースは、若い頃からプレースタイルの変化しない珍しい選手である。早く走れる、高く跳べるなど若さ故の能力に頼るのではなく、他人とは違うリズムや駆け引きでプレーすることによって長くセルティックスのエースに君臨した。独特のリズム感はトレーニングで培われるものではないため、彼だけに与えられた天性の才だろう。毎試合大量のシュートを放つのでなく、高確率でシュートを決めて大量得点する選手であり、2002年レギューラーシーズンの最多得点を記録した。
2008年、10年間同じチームで優勝に手が届かなかったピアースは、同じ境遇にあったビッグネーム、ケビン・ガーネット、レイ・アレンとBIG3を結成。後に結成したマイアミBIG3が非常に批判されたのはボストンBIG3の存在が大きい。ボストンBIG3は10年以上同じチームでプレーしたフランチャイズプレーヤーたちであり、NBAに関わる誰もがその苦労が報われることを願っていた。
2008年はセルティックスファンのみならず世界中から応援されていただけに、結成1年目にしてNBAファイナルに進出。決勝の相手はなんと古くからのライバルであるロサンゼルス・レイカーズ。世界中が興奮する最高のマッチアップを制したのはピアース率いるセルティックスだった。劇的なシーズンは最高の形で幕を閉じ、ピアースはキャリア最高の時間を過ごした。
チャンピオンリングを手にして以降、BIG3の高齢化と共にセルティックスの成績は徐々に低下した。昨年BIG3の一角レイ・アレンがヒートに移籍しボストンBIG3は解体。早急なチーム再建を計るセルティックスはHCを含むチームのベテラン選手を放出した。こうして、NBAオールスターに10度選出されたセルティックスのフランチャイズプレーヤーはボストンから姿を消した。
ガーネット、ジェイソン・テリーと共にブルックリン・ネッツにトレードされたピアースだが、ガーネット獲得を熱望したクリッパーズだっただけに、セルティックスとの交渉制限を搔い潜るためのトレードである可能性も残る。どちらにせよ、彼が選手としてセルティックスのユニフォームを着ることは二度とないだろう。

最高の写真だと思います。
技巧派なんて言いますが基本的に身体能力は高いです。テクニックとのコンボで鬼に金棒状態だからオールスター10回なのです!
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